奈良の占い相談~祐気堂 開運ブログ~
奈良、大阪、京都から・・自然の流れ「五行象」を知り、自分らしくキラキラした毎日を☆
“識”があって“現実”となる
インド哲学には、この世界を形づくる五大要素と、
それに加え“識”という概念があります。  
 
※ちなみに五大要素と東洋の五行説は別のものですがその思想は同じです。

この世界は「地・水・火・風・空」の五つの気により形づくられますが、
それを“識=認識する”私たちがあって、初めて“現実”のものとなります。

こんな話は「なんだか難しい」と思われるかもしれませんが、
識の言わんとすることは、私たちのごく身近な日常生活にある事です。

電車に乗ったり、買い物に行ったり、私たちは毎日たくさんの人と
すれ違っているハズですが、そのほとんどの人の顔は浮かばないでしょう。
100人とすれ違っても、私に“識”がなければ、その人々は私の世界に存在しません。

例えば秋に、どんなにキンモクセイが香っても
「あーいい匂いだな」と意識しなければ(臭いでもいいですが)
その人の世界にキンモクセイという木は存在しないのです。

そういえば、私はガーデニングが大好きで、いつも季節の花を植えています。
キレイに咲くと嬉しくなって、主人に「お花見た」と聞くのですが、
いつも「えどこに」と全く気づいていません

「前を通ったのに、なんで見えないの」とビックリなんですが、
本当に見えてないのか・・・見てもスルーなのか・・・
ちょっと気になるので、今度「ウンコ」でも置いてやろうかと思っています

でも・・・もし気付いたらどうしよう・・・
夫の世界には、花はなくってウンコならあるのかもしれませんヒィーッ

ちょっとバカな話をしましたが

全ては、“識”があって初めて現実のものになるのです。

そして、“識”がどうあるかで、“真実”もまた違ってきます。
目の前の状況をどう捉えるか・・・
真実というのは万人に絶対としてあるのではありません。

五大要素(五行)が織りなす世界は、その人の“識”しだいで
いかようにも模様は変わるのです。



こんな話があります。
 あるとき高校生の女の子が、駅から自宅へ帰ろうとすると
 自転車のサドルが盗まれて無くなっていました。

 「クラブで疲れてるのに、、、もぅ!なんでよ!」と腹を立て、
 40分の道のりをプンプン歩いて帰りました。

 家に着くともうクタクタで情けなくなり、「なんで私ばっかり」
 「もう最悪!」と母親にブツクサと文句を言っていたそうです。

 しばらくして、今度は妹が、大笑いをしながら帰ってきました。
 すると妹もサドルを盗まれたけれど、そのまま「立ちこぎで帰ってきた」と・・・

 途中で太ももがプルプルしてきたので、少しおしりを下ろすと
 棒がささって「痛~~ッ!」「痔になるっちゅーねん!」と
 “一人つっこみ”をしながら大笑いで帰ってきたんだそうです。



 「面白き こともなき世に おもしろく 住みなすものは 心なりけり」

これは高杉晋作の辞世の句として有名ですが、
人はみんな、様々な状況の中で、いろんな想いを抱いて過ごしているでしょう。

ですが、それが自分の“識”しだいでいかようにも変わるものなら
幸せも不幸せも、本当は存在しないのかもしれませんね。
関連記事
【2011/10/07 14:56 】
| 五行五気のおはなし | コメント(-) | トラックバック(0) |


五行象による占い相談「祐気堂-ゆうきどう-」
yuukidou.com 五行象占い 祐気堂
奈良・大阪・京都・神戸 JR各線からお越し頂いております。
「五行象-ごぎょうしょう-」は、祐気堂の登録商標です。


トラックバック
トラックバックURL
http://yuukidoublog.jp/tb.php/33-9c90228b
| ホーム |